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EDの理由が心因性なら治るじゃないか、と考える

EDの理由が心因性なら治るじゃないか、と考える

日本人男性の人口はおよそ6200万人ほど、その中でED患者の数が1100万人ほどだ。つまり、およそ3割がこれに該当するのである。この数字は蓋然性が高く、ED関係の本を数冊読んでも、ほぼこの3割、30%という数字が出て来る。実際に2000組の夫婦を調査している等、本当のデータがあるのだろう。

 

普通、EDは自分とは無関係だ、と思うものである。思春期を迎え、まずほとんどの男児が女性の身体に対して性的欲求を覚える。中学時代という精神未熟な頃なら、その対象はなんだっていいわけだ。自分の母親や姉や妹、漫画やアニメなど、どんな対象でも女性というだけで、妙に意識してしまうものだ。もちろん、大人になってそれを思い返すだけで、はらわたが煮えくり返るほど未熟な自分に怒りを覚える、という人もいるが、まあ、それはそれだけ自分の自我が発達した、つまり大人になった、ということで、むしろ成長を喜びたいものである。とにかく、それだけ無意識に、本能的に、強い衝動を覚えるわけだから、この衝動がなくなるわけがない、という風に発想するのはごく自然なものである。

 

かつて、EDになる男性といえば、『真面目でプライドが高く、他人と気軽に付き合うのが苦手なタイプ』、という傾向があった。しかし、実際はそうではなく、あるいは認知が広まったことによって徐々に増えてきたのか、本当は実に3割もの人がEDの経験があったということなのである。まあ、考えれば確かにそうだろう。程度の差こそはあれ、一時的にED気味になるということは別によくあることだ。まず、射精後はEDである。射精後の一時的なものは、女性にとっては正直、EDと同じだという考えも出来るだろう。早漏的な場面において考えた場合、特にそうだ。EDとはつまり、『肝心な時に勃起しない』ということなわけだから、そういう発想が出来るわけだ。

 

また、疲れていたり、精神的に参ってしまうときに、ED気味になることはある。それは当然、筋肉が疲労していれば、その筋肉の最高のパフォーマンスを引き出すことはできない。半数以上のEDは精神的な理由であり、その原因の割合は、

 

  • 心因性=52%
  • 器質性=48%

 

ということになるわけだが、まあ、大げさな話、心因性という精神的な一面は、別に当たり前の話で、あまりわめきたてるようなものではない。精神(心)があるから、人間なのだ。むしろ、そっちの方に喜びを感じたいものである。死んだらすべてが終わりなのだ。生きているからこその、感情の乱れであり、揺れであり、リズムなのだ。

 

EDは確かに考えものだが、しかし、考えて整え、また元に戻ったときの悦びを考えただけでワクワクしたいものだ。そのワクワクは、EDではない人間にはない感情なのだ。だとしたら自分の方が、得だ。そういう発想を一つ持ちたい。