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男性器は長い間使わないでいると機能が衰退していく

セックスレスの定義とは、

 

特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性行あるいはセクシャル・コンタクトが一か月以上もなく、その後も長期にわたることが予想される場合

 

ということになる。セックスレスになる原因は様々だが、その原因の一つがED(勃起不全)であるわけだ。EDになると、当然性行為が出来ない。『セックスがしたい女性』からすれば、EDである、あるいは勃起しない男性のペニスは、何の魅力もない。実は、『EDの改善には心の整理が必要。また、本当に勃起は必要なのか』にも書いた様に、女性に『男性パートナーに求める機能的側面』を訪ねた結果、こういう数字が出た。

 

  • 勃起がより持続する=48.5%
  • 陰茎がより硬くなる=17.3%

 

つまり、実に66%もの女性が、『何よりも硬さと、その持続性である』と主張しているというのだ。そして、陰茎の大きさや長さを求める人は、20%にも満たないというデータが出た。しかしこれはあくまでも『セックスがしたい女性』だ。そうではない女性からすれば、別にどうってことはないので、EDだろうとサイズが小さかろうと、無意味に失望することはない。

 

ただし、やはりセックスというのは夫婦にとって必要なコミュニケーションだ。それだけではなく、それによって生命が育まれる。そう考えると、必要というよりも、重要だ。だが、そういう事実がプレッシャーになってEDとなり、セックスレスとなるのであれば、あまりそういう難しいことは考えないでいいのかもしれない。

 

EDの改善に必要な心因性の理解。ノン・エレクト法(逆接的心理療法)とは』、あるいは、『EDの原因となる6つの心理的な要因』にも書いたが、人間は、セックスに生殖だけでなく『プレイ』を求めるようになった。ということで、『人のオスは、メスに無理なセックスを強いられている』という事実があるのだ。

 

本当はもっと、野性的に始まったはずだった。それが、あらゆる道徳や法律、常識や家族といった人間社会を守ろうとする『理性』によって、縮こまっているのが今の人間の姿なのだ。

 

ただし、男性器は長い事使わないでいると、いつの間にか機能が衰退していくので注意が必要だ。それは、筋肉も脳も同じだ。適度な運動や筋トレ、脳トレをすることであらゆる衰弱や疾病を予防する。リハビリの際に行う軽い運動もトレーニングも、この衰弱した部分を回復させようという試み。それだけではなく、内臓も同じだ。胃腸などの消化器官も、しばらく使わなかったならリハビリが必要。例えば、絶食をした後は、いきなりがっつりとした食事を食べることは危険だ。まずはゆっくりと、『おかゆ』などから入るのが常識。お坊さんたちが絶食の修行をよくしているが、彼らに聞けばよくわかるはずである。少しずつそうして消化の良いものを食べ始め、消化器官を元に戻していくのである。

 

とある専門家は、『射精はしなくても、せめて勃起だけは毎日させた方がいい』とも言っている。従って、例えパートナーに対して勃起できずとも、ED予防というリハビリの概念で、アダルトDVDや動画サイトなどを見て性欲を掻き立てる、ということは必要になってくる。それに対する罪悪感があるなら、こういう話をここの載せよう。

 

日本文芸社『脳とカラダの不思議』にはこうある。

一般の動物は、育てやすい季節に出産を行えるように発情期というものが脳の中にプログラミングされているが、人間の場合はいつでもセックスが可能だ。これは、脳の中の大脳皮質が深く関係している。生殖に関するメカニズムを担っているのは脳幹にある視床下部であるが、人間の場合は大脳皮質の前頭連合野も性行動に深く関係している。

 

もし、視床下部だけに性行動が支配されているとしたら、人はひたすら欲望の赴くままにセックスを求めて、社会的な秩序はあっという間に崩壊してしまう。それを回避する為、前頭連合野が性欲をコントロールしているのである。

 

一方で自分の性的興奮の対象が何であるかを判断しているのも、前頭連合野だといわれる。セクシーな女性が好きな人もいれば、知的で優しい女性に惹かれる男性もいる。こうした性の嗜好も、前頭連合野が担っているというわけだ。つまり人間の脳は、大脳皮質が発達しすぎて、ついには本能(発情期)を自分で制御できるまでに進化を遂げてしまったのである。

 

 

つまり、脳科学的に言えば、欲望をつかさどる脳の視床下部で 『SEXしたい』と思うことは普通であり、それを、発達した大脳皮質の前頭連合野で抑えることが出来るようになったのだ。

 

つまり、頭の中でパートナー以外との性的な関係を妄想することは、脳の働きとして、正常なのだ。問題なのは、それを実行してしまうことだ。実行し、例えば伴侶のいる相手と関係を持ってしまう。これだと、自分と相手の二つの人間関係が崩壊し、それ以外の人から向けられる目も白くなる。